小樽商大出身の90歳、元商社マンののぶおさんが、
娘さんと一緒に、横浜からやってきた。
去年の今頃から「来年いくよ〜」といって
予約していた。
この1年の間、何回も連絡をくれて「小樽へ行くからね、
わかってるよね」といってきた。
同期の友人と、小樽で食事をするというのである。
早くから食事をするところを予約しておいてほしい
というのだが、友人たちは当然ながら90歳。
そんなに早く予約していても、当日の健康状態は
わからない。のぶおさんにしても、実のところ
小樽に来られるかどうか、内心危ぶまれた。
そんな心配をよそに、暗くなってから元気いっぱい、
娘さんと現れた。
朝一番の飛行機に乗り、札幌で昔の友人を訪ねたそうだ。
友人と言っても、90歳。
鼻にチューブをつけている友人の家を訪ねたり、
とにかく会いたい人に会いに行く。
はやる気持ちに行動がついていかなくて、
同行する娘さんはハラハラし通しのようだ。
その晩、彼は疲れも見せず、「まぁ、あんた、座りなさい」
といって、昔の商社マン時代のことを語り始めた。
私の本「宿のおかみのトコトコある記」にも書いたが、
彼は小樽商大でもピカ一の成績で、人気ゼミの教授に
可愛がられ、一流商社に就職した。
海外での仕事の経験も豊富な人だ。
その行動の速さと、達筆な文字での連絡の密なことは、
今にしても商社マンの実力を思わせる。
スリランカに赴任した時は、会社の命令のもと、
家族のことは奥さんにまかせ、すぐに任地に赴いた。
前任者の仕事に問題があり、彼はその状態を解決するために
飛んでいったようだ。
「ぼく、いままで、だれにも言ったことがないんだ。
今、初めていうけどね」といって、その時の仕事のトラブルを
話した。
娘さんは、「パパは、仕事のことは家族に一切言わない
じゃない。なんにも言わずに、外国に行ってしまうんだから」
奥さんは、その後、2人の子供を連れて、いろいろな手配を
一人でして、夫の任地へ向かったとのこと。
それにしても、昭和のモーレツサラリーマンが、
90歳で、「いま、初めていうけどね」と言ったことは
いやはや、どうやって受け止めればいいんだろう。
彼は、人に言ってもわからない問題を、黙って悪戦苦闘して
片付けたのだ。この人の能力は、なみ外れた
コミュニケーション力と行動力だろう。
私は、「お父さんはなんにも言わないけど、大変なお仕事、
一人でしてたのよ、きっと。わかってあげて」と
娘さんに言った。
「この方はね、相手の懐に飛び込んでいくところがあるの。
仕事上のゴマすりとかではなくてね、心から親しくなる。
率直であったかい人なのよ。だから仕事がうまくいく
んでしょう」と私。
のぶおさんは目をつぶって、黙って聞いていた。
寝ていたのかもしれない。
「父は、仕事に行ったきり帰ってこないの。だから
母は苦労したんですよ」と、娘さん。
「家のことは、ほんとになんにもしないし、できないのよ。
いつか玄関の鉄の門扉がギシギシいって、開きずらいので、
パパ、何とかして、といって外出して帰ってみたら、
門扉にアリがたかっているの。父がバターを塗ったん
ですよ」と。
翌日は90歳の大学の同級生が食事の帰りにかもめやに来た。
つえをついている人もいたが、いまだかくしゃくとしている。
一人は、北海道発のハウスメーカーの社長、
一人は銀行の支店長を務めた人だった。
どちらも物静かな大物の雰囲気を漂わせていた。
3人は、繁栄の時代の小樽をその身に帯びた
生きた歴史上の人物のようだった。