早朝目が覚めると、ふっと足元に冷気を感じる。
昼間は暑かった夏も、そろそろ終わりかな、と思い、
忙しかった世の中の夏休み、お盆休みを振り返る。
かもめやも、この時期は特別で、お客さんの活発な動きに合わせ、
弱った神経をフル回転。
気がつけば、みぞおちのあたりに鈍痛を覚えた。
そういえば肺の手術を受けてから、まだそんなに経っていない。
手術後に強烈な胃潰瘍に見舞われて、ようやく回復したかと
思われたが、十分に治ってはいなかったようだ。
かもめやにゆかりの深いシングルファザー親子が2組集合し、
4人は家族か親戚のような休日を過ごした。
一組は九州から中学3年の男の子を連れて、一組は小樽に住む
父のもとに帰省した大学生の息子を伴って。
この人たちはお父さん同士が友達だ。
男手ひとつでの子育ての苦労を分かち合った二人は、
特別な思いを持って理解し合っているのだろう。
九州の男の子は将来野球の選手をめざしているほど野球に
打ち込んでいて、身長は190?以上もあるがっしりとした体格だ。
そう、大谷翔平をほうふつとさせる。
お父さんは、この子の将来の希望をかなえようと、
体づくりを研究し、食事に野球の練習に全力投球。
「おかみさん、見てください、これ」
といって、スマホを開いた。
画面にはどんぶりごはんの上に、大きなウナギが2匹。
それにトマトが入った野菜サラダに、小鉢には高野豆腐の煮物が
添えてある。なかなかのセンスだ。
「あら〜すごいごちそう。これ、お父さんが作ったの?」
と聞くと、
「そうですよ、このうなぎ、国産ですよ。高いのよ。
それに、下のご飯はどんぶりじゃなくて、大きな皿のような
入れものです」
どれだけの量かわかる。
「うわ〜大変、食費がすごいでしょう」と私。
「ええ、そうです。ぼくはね、この子に食事で投資してるんです。
世の中の人は、投資信託とか株とかやってるけど、ぼくはいま
この子を育てて、野球で有名になったら、返してもらおうと
思ってるの」と笑いながら言った。
「それに、作った食事は全部写真にとって記録してあるんです。
野球の選手じゃなくても、なにかで有名になったら、
この子はこういう食事をしていましたっていう
本にでもしようかと思って」
そして、i- padの中には、父の作ったごはんの写真を、大量に
入れてあった。
お父さんは本気だ。
そして、食事が終わったら、カンカン照りの中を、「さぁ、野球の
練習に行くぞ」といって、男の子をグラウンドに連れて行った。
学生時代野球をしていたというお父さんが、彼の相手をして
ボールを受けたり投げたりしているらしい。
「こいつの投げる球はすごい。もうぼくの力の届かない
ところにいます」と父。
もう一組の親子は、大学3年になった息子が、ダンスの部活で
活躍しているらしいと、以前お父さんから聞いていた。
中高生の時、学校に行けないこともあった彼が、
大学生になって部活を楽しみ、みるみる元気になっていく姿に
父は安堵していた。
「今3年で、同期の友達は就活してる人もいますけど、
僕は将来のこと、まったく考えられない。どういう道へ行ったら
いいのか…」と大学生の彼。
そんな2組の親子は、あちこち精力的に出かけて、
おいしいものを食べていたようだ。
息子たちと一緒に楽しめるつかの間の夏休み、2人の父は
若者を連れて活動するのに疲れたようで、
息子たちを置いて、2人で飲みに行くことがあった。
中学3年の野球少年は、受験を控え、一人で喫茶室で勉強
していた。
「ねぇ、ハルくん、得意な科目はなに?、好きな科目とか」
と聞いてみた。
しばらく沈黙の後、大きな体で彼は照れくさそうに
「家庭科…」と答えた。
「え〜っ、ほんと?」と笑いながら
「そうか、お父さん料理上手だもんね。お父さんの料理する
ところ見ていて、あなたも好きになったのか…」と私。
しばらくすると、彼は部屋で寝ていた大学生のお兄ちゃんを
呼んで「英語教えて」と頼んでいた。
お兄ちゃんはちょっと得意げに、「これはねぇ…こうだよ」
と教えていた。
大学生は私に「おかみさん、これ見てくれますか」と
i- padに入った自分の学校でのダンス倶楽部の様子を
見せてくれた。
「これ、あなた? あら〜すごい!」
彼はいまはやりのブレイクダンスというのだろうか、
めちゃくちゃ動きの速いダンスを、プロ並みの動きで踊っている。
「これ、ぼく、学内のコンテストで準優勝したときのです」
「あなた、こんなに上達したんだ。これならプロで、
テレビにも出られるじゃない」
「あと一歩なんですけど。実はダンスが忙しくて、
ちょっと進級が難しくなりかけているんです。
それで、どうしようかと…。4年になるための勉強が
厳しい…」
「ん、まぁ〜何を言ってるの。ここまでダンスをやれたんだから
もういいじゃない。大学に入るより、進級するほうが
ずっとやさしいはずよ。キミにはできる」
「僕も大学に入るまで、ずいぶん回り道したから、
これ以上はしたくないんだけど…」
「うん、辛かったねぇ。でも、よく頑張って大学に入った
よね」
彼は黙ってうなずいている。
「今からでも真剣に勉強しなさい。あなた、お父さんが
あなたを大学にやるために、どんな思いで働いていると思って
いるの。ダンスは後でもできる。今やることを必死で
やりなさい!」
父のいぬ間に、お客の子供に説教する宿。
2組の親子が帰るとき、大学生の彼にもう一度言った。
「ね、わかった? 帰ってから勉強するのよ。そして
進級しなさい」
「はい、自分もできるかもしれないと思えてきました」
「できる!キミならできるよ。がんばってね」
彼の顔には、力づよい決心の表情が浮かんだ。

手宮線跡の風景



