いきなりヘンなタイトルで驚かれたかもしれないが、
このところ一度重い病にかかった人が、見事に再生して
信じられないくらい元気になって、羽ばたいている、
そんな人がわが宿にかかわるようになった。
まずはわが家の息子である。
この春病に倒れ、病院食で10?もやせて戻ってきたが、
その後モリモリ食べて回復し、生まれ変わったように
パワーアップした。
以前とは違う新しいエネルギーが宿ったようである。
友人知人で、かなり重症のがんになり、手術中、私も待機して
息を凝らして見守り続けた人たちがいる。
心を尽くし、思いを尽くして回復を願ったその人たちが、
奇跡的に回復し、何事もなかったように日常を取り戻している。
今の医学はすごいなぁと驚くばかりだが、人間の再生力にも
はかり知れないものがある。
すると、1年ぐらい前にわが宿に来た、布団屋さんの
営業マンがひょっこりやってきた。
宿の和室に「至福の眠り」という名のマットを勧められ、
新しい敷布団に入れ替えた。
お客さんの寝心地は好評だが、50代後半のこの人の
仕事に対する情熱には、心打たれるものがある。
「お久しぶりです」と人懐っこい笑顔でやってきた
彼の手には鹿の角が握られていた。
「これ、ワンちゃんのおみやげです。犬は鹿の角が好きで、
ガリガリかじるんですよ」という。
マルコは鹿の角を握っている彼の手に、早くも飛びついている。
「お変わりないわね〜」というと、
「いいえ、ちょっと事故でけがをしまして、
仕事に復帰してから今日で1週間目です」という。
「仕事で地方に行って、会社の若い人が運転する車に乗っていたら、
彼が居眠りしたらしく、ガードレールに激突したんです。
僕は助手席で、頭と胸を打って、首からおなかに通るこの
太い骨の真ん中を骨折したんです」と言って、
首から胸の真ん中を一直線に指でなぞった。
「え〜っ、ほんと?」
「それに、頭蓋骨も折れて、頭の中に血がたまり…」
「きゃ〜っ、よく生きていたわね」
背筋が寒くなった。
「運転手はなんでもなくて、僕だけが大けがしたんですよ」
「それで、もうこうやって仕事してるの?」
「ええ、奇跡的に回復したんです」
「そうでしょう、何も言わなきゃわからないくらいですものね」と私。
「ああ、でもね。私の周りでも、重病で手術して、信じられないくらい
よくなった人が何人もいるの。うちの息子も春から夏に具合が悪くて
入院したけどいま、こんなに元気になったのよ」といって
何事もなかったように座っている息子のほうを見た。
「そうだったんですか」と彼。
「あなた、死線を超えて生き抜いたから、これから今までより
もっと大きく飛躍しますよ。これ、ほんと」と私が言うと
「おかみさんにそう言われると、なんだか元気が出るなぁ」と彼。
「あなたなら大丈夫!」と、内から湧き出る思いで太鼓判を押した。
そんなとき、友人から「臨死体験が教えてくれたこと・
喜びから人生を生きる」アニータ・ムアジャーニ著
という本が送られてきた。
がんの末期で、一度意識がなくなり、死を体験した女性が
生き返ったというものだ。
そして、不思議にもがんが消えていたと。
その本にはこう書いてあった。
…………
繰り返して言いたいのは「私は恐れではなく、喜びから
人生を生きている」ということです。
このことが、臨死体験前の自分と、今の自分の一番大きな
違いです。それ以前は気が付いていませんでしたが、いつも
苦しみを避けることか人を喜ばせることばかり考えていました。
私は行動し、追い求め、探し出し、達成することにとらわれて
いたのです。自分のことはいつも後回しでした。
私の人生は恐れー他人を怒らせる恐れ、失敗する恐れ、
自分勝手になる恐れ、十分でないという恐れなどーに
突き動かされていました。私の頭の中には、いつも他人の
期待に添わない自分が存在していたのです。
…………
その本は、さらにこう言っている。
物事を正しくしようとか、規則や教えにしたがおうとするの
ではなく、ただ、自分の心に従っていれば間違うことはない。
ありのままでいることが、前よりずっと幸せで自由だと。
そうすれば、自然に自分の健康もよくなってくると知った、と。
ありのままの自分で、この世を生きる。
一番簡単そうで難しいのがこのことかもしれない。
人間の体は有限だが、魂は体から抜け出して、時空を超えて
新たな経験をするという。
この世での重い経験を洗い流すと、魂はきれいになって
もう一度生き直すことができる。
なぜかこのことを思い知らせてくれる人々が、
かもめやの周りに集まるようになった。
仕事をしすぎて体をこわし、すべてを失いかけた人が
弱った体で自分と深く対話し、生まれ変わったようにいきいきと
新たな人生を見出す。
命と引き換えくらいに大事だと思っていた仕事が、
本当にそうだったのか?
病は、今置かれている環境から一度抜け出して人生を見直す
チャンスなのだ。
命をかけてこの世に戻ってきた人たちは、不死鳥のように
軽々と、力強く羽ばたいていった。
それにしても、このところ、こういう人がわが宿に立ち寄る。
かもめやは、不死鳥の止まり木のようだ。

「ありのままの自分で生きる」って、う〜ん、むずかしいなぁ

自然は刻々と変化する、これもありのままだ


新しい道?を探して、いつもの道を歩く

この道には、どの季節も幸せがある